もち苺枕草子





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□雁岩厳 :: 2012/06/17(Sun)

某日、どんと散歩をしていたらとあるおばさんと出会いました。
優しいおばさんで、どんを可愛いわねーと撫でてくれました。
家には猫がいるみたいでもう18年も生きてるんだとか。

おばさんは10年前に旦那さんを亡くされて、
それから8年間泣き続けたらしいです。
旦那さんの定年退職が見えてきて、退職したらあそこに旅行いこうとか、
こんなことをしようとか沢山計画して、それら全てを老後の楽しみとしてとっておいたのだそう。
でも旦那さんは定年退職する前になくなって、
その後のおばさんの老後はあってないようなものになってしまった。

旦那さんが亡くなられて、子供が来たりしてくれたらしいですが、
当然子供は自分たちの居場所へ帰っていってしまうわけで。
そんな時ずっと一緒にいてくれたのがその猫で、
子供よりも大切に思ってしまっていると話してくれました。

今の私には、このおばさんの気持ちを理解することはできません。
言えば、お母さんが毎日泣き暮れる気持ちも分かってあげられてないと思います。
自分が最愛の人を、この人と生きていこうと決めた人を亡くすまでは、
一生分からないような深いところにある悲しみなんだと察するのも恐れ多い位。

お父さんを思って泣くたびに幸せだという気持ちと、
なんで?という気持ちが依然続いていて、
一緒に暮らしていたのに癌の兆候に気づかなかったのは私の所為でもあって、
1年半前にのどが痛いといってことがあったこととか(風邪って言ってて気に留めなかった)、
私と実家に帰ってきて引越しでわんやかんやしていたときも、
もう癌がお父さんを蝕んでいたのかと思うと。

私の人生の中で一番長い時間一緒に居たのはお父さん。
離れて暮らしたのはたった1年くらいで、23年間一緒でした。
いつも私のことを気にかけてくれていたのに、
私はお父さんの命に関わる症状の兆候にさえ気づけなくて、
声が出なくなっていたときも、風邪だという言葉を鵜呑みにした。

お父さんを殺したのは癌だけど、助けなかったのは私とお母さん。
私が産まれるまではお母さんもお父さんも、
離れて暮らそうとするような喧嘩はしたことなかったって。

私が産まれて、ワガママをいって、困らせて、
算数で点数がとれなくて、塾に行かせたがるお母さんと、必要ないというお父さん。
喧嘩が始まって、私が点数さえとれれば。
もっと上手にバレエが踊れれば。
私に色々させてくれたお金がふたりのものであり続ければ、
もっとふたりは旅行にいけて、大きな家に住んだり、喧嘩もしないで、
もっともっと幸せな時間を一緒にすごせた よね。


・・・ --- ・-・ ・-・ -・--


お父さんのお葬式で従兄弟が泣いてくれてた。
その従兄弟のお父さんはいなくて、でも死んでるわけではなくて、
従兄弟を捨てて他の女の人と一緒にいる状態。もう何十年もそのまま。
裁判になっても姿を見せないほどで、従兄弟とそのお父さんが一緒に移っている写真は0

そんな従兄弟が今度結婚する。

「叔父さんにも式に来て欲しかった」

そういって泣いてくれた。
お父さんの前で泣く私や弟、お母さんをみて、従兄弟一家は何を思っただろう。
泣いてくれながらうらやましい気持ちがあったかもしれない。
自分たちにはないものがあって、それを失って泣く私たちはとても贅沢に見えたかもしれない。

もうこうなると分からなくなってくる。




今はただ、お母さんが鬱にならないように話し相手になるしかない。
今お母さんが倒れても、支えられる自信ない。
だから倒れないようにするしかない。
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  1. 2012/06/18(Mon) 00:38:41 |
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