もち苺枕草子





スポンサーサイト :: --/--/--(--)

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。


  1. スポンサー広告

私欲 :: 2012/02/10(Fri)

教会に行ってきました。
川越にも沢山教会がありますが、多分一番大きなカトリックの教会です。
敷地も広くて、先入観的いかにもという具合。

ちょうど聖書の勉強会が始まるところだというので、飛び入りで参加させてもらって3時間くらいでしょうか、神父さんの話を拝聴しました。

多少なりの知識がある状態での参加だったので、空っぽのところに新しい知識をいれるのとは違ってしまいましたが、聞けば聞くほど宗教って面白いなと感じるばかりでした。

カトリック全体にいえることなのかわかりませんが、自分たちの教えを絶対に正しいものと信じる一方で、他の宗教に対しても理解を示そうとするという姿勢から、仏教家庭の中にひとりキリスト教が混ざったり、結婚相手が仏教徒だったりした場合みたいに現実的で、具体的な問題の解決の糸口を探るひとつの方法、ある種の妥協案として受け入れる姿勢のように感じました。
勿論いい意味、悪い意味両方含めて。

十戎も日本人5人集めたらきっと十戒破りコンプリートできてしまうものだというのに(私ひとりでも6個くらいはいけるw)、私の考えとは全く違う解釈なわけです。当たり前ですがw
これを守る意味というのも私にしてみれば漠然としている(と私は思ってしまう)のに、それを確固たるものとするところの差が、人と人の個人的な考え方の差の域を凌駕してるんじゃないかなと。

でも偽証してはらないっていうのは流石にちょっとないなーとどうしても思ってしまいます。
私も今日神父さんに話を伺う際に、「カトリックに興味があります」と半分嘘をつきましたし…。
次回また機会があったら神父さんに詳しく伺いたいところです。
そもそも十戒をどういうものとしてみているのかが、イマイチわかりにくかった、、

ただ、人は人間であり、ヒトでないという考え方はかなり強く感じました。
ヒトと解釈するならば当然ながら欲に忠実になり、理性はあるものの最終的に勝るのは動物としての欲だと思うんです。
でもヒトではなく人間であるから、自分をコントロールして理性的で忠誠的な社会を作ることができると。勿論それが一般的に安易で秩序に守られる一番の理想かもしれませんが(的が多すぎる…)。

話の流れで、うちの父が癌で闘病中だという話をすると、神父さんをはじめ勉強会にきている人たちがお祈りをしてくださいました。来週にまた少し大きな手術を控えていて、それがうまくいけば少し現状より良くなるんですが、うまくいかない場合はかなりきつい。そんな状況に対して、見ず知らずの方が(形だけかもしれませんが)、お祈りしてくれたのは力強く感じました。そして誰も無責任に「これで大丈夫」だとかそんなことは言わなかったのも嬉しかった。

けれど、やはりこれでうまくいってもそれは先生の腕がよかったということが一番の要因だろうし、祈っても祈らなくても未来が変わるわけじゃないのは確かです。
ただ、こうして一時的にでも気持ちをやわらげてくれるのは、心地良いし、それに歩み寄れば気持ちが楽になるとは思います。
(実際最初の頃は手を合わせて神頼みしてものすごく気持ちが楽になった。神様が見てくれてると言い聞かせることで怖いくらい気楽になれたけれど、同時に神様とやらに丸投げして「あとはよろしく」って言ってるようで嫌な気分に…w)

どんな神であり信じることは出来ませんが、その否定の仕方ももっと多角方面から断固とした否定ができるように勉強したいです。
嫌いなことを勉強するというのはめんどーなものです。それが出来てればもっと高学歴のはずwでも駄々っ子のように「神様なんていないもん」といっているだけでは、説得力がないだけでなく空しい…。

神はいないと、恥ずかしながらこれを断言して置いて、信者になるつもりで少しずつ勉強していきます。
スポンサーサイト


  1. 枕草子
  2. | trackback:0
  3. | comment:0
<<帰ってきたら | top | がんばれ>>


comment

comment


管理者にだけ表示を許可する

トラックバック

トラックバック URL
http://mochichigo006.blog.fc2.com/tb.php/299-b7b3329d
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。