もち苺枕草子





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東日本大震災 :: 2011/03/11(Fri)

忘れないうちに3/11のことを書いておきます

3/11は金曜日で、木曜日遊びにいって泊まりだった私は
金曜日のお昼ごろ帰宅しました

今日は一日まあまあ時間があって、
遊んで疲れてたのもあったので帰宅後すぐにベッドへ
まったりしながら寝たいなーと途中古本屋で買った本を読みながら
知らないうちに眠ってました

勿論、突然の揺れでおきました
どんが吠えたものの最初はちょっと大きいくらいだろうと思ってました
ところが揺れはどんどん大きく、
お母さんが隣の部屋から大声で窓を開けなさいと叫びます

ベッドから跳ね起きて、恐怖と戦いながら、
これ以上ないってくらいの勇気を振り絞って、
部屋のドア、吐き出し窓をなんとか半分くらい開けて、
机の下に隠れました

幸い手の届く距離に携帯電話があったので、
万が一を考えて机の下から手を伸ばして取り、
あとはひたすら祈る気持ちでゆれが収まるのを待ちました

とてつもない揺れでした
震度5強でこうなのですから、
震源に近いところはとんでもない揺れだったはずです
ホントかは知りませんが、
耐震強度を高くするためには揺れる建物を作らないといけないらしく、
うちはそれに則り作られてるとか
だから普通の家よりも揺れるとは聞かされてたんですが、、
だとしても視界が揺れすぎてまさに意味が分からない状態。

どうか早く収まってくれ、とあそこまで祈ったのは初めてです
かなり長い横揺れが漸く終わって、
これはただごとじゃないと現実に引き戻されました

積み重ねていた本もいくつか崩れて、
最近買った丸いリンゴ型の部屋の芳香剤は
部屋の端から端まで転がっていきました


足が竦む程の揺れの所為で
収まった後、1階にテレビを見に行くことが出来るかどうかが問題でした
(我が家の1階には大きなキッチンテーブルがあって、
 そのテーブルは家が崩れても耐えるというテーブル。
 動けるようになったらそこが一番安全ということになってました)

ガクガクしてるのが自分でも分かります
でも窓を全開にしてなかったのを覚えていたので、
とにかく全部開けよう今の内に・・・と全開に。

凄く凄く怖かったけど、
お母さんはどんを抱いているの降りるのは遅くなります
今のうちに1階のドアを開けたりもしておかないとと思い、
1階に下りました

父が既に1階にいてドアや窓をあけてくれていました
ぐらんぐらん揺れている天井の蛍光灯
今のは一体なんだったんだろう、、父がつけたテレビから、
NHKのアナウンサーの「宮城県で」というのが耳に入ってきます

宮城?
あれだけ大きなゆれだったのに震源が宮城
続けざまにはいってきた「震度7」に言葉も出ませんでした

直後、母が上からどんを抱いて下りてきて、
家族3人驚いて暫く何もいえませんでした

その後すぐ頭に浮かんだのが東京に居る弟。
春休みで家にいるのか遊びに行っているのか、バイト中か…
とにかく連絡を取りたかったのですが、勿論通じるわけもなく
携帯から5,6回、家電から3,4回しましたが全部通じません
もしかしたらと思いメールだけ送り、
手が空いてるならすぐ連絡をと打ちました。

学校は鉄筋だし寮もしっかりしたつくりなので、
バイトや遊びにいってなければ大丈夫だと言い聞かせましたが、
やっぱり連絡が取れるまでは気が気じゃなかった…。
その後、ここは震度5強と出ました
そしてその頃からアナウンサーが早口に
「津波の恐れがあります」と何度も言っていました
かなり高い津波の恐れがあります、と

数分後、おばあちゃんが顔を出しました。
出かけていたらしく丁度すぐ近所で地震に遭ったものの、
怪我もなく大丈夫でした

おばあちゃんの家は地震に比較的もろいので、
ななこ(犬)をつれてうちにおいで、と言い、
おばあちゃんとななこがうちに来ます。

そしてまた数分後、
従兄弟が偶然近くまで来ていたついでに寄ってくれました
当時池袋まで買い物にいってたおばさんとも連絡がとれず、
弟とおばさんのことが気になったまま、
あの津波が来てしまいました

日本ではないと思いました
こんなことがありえるのかというのが一番に思ったことです

インドの大地震で津波が押し寄せたりするのは
ニュースで見ていましたが、
日本であんな津波が襲っているところを私は初めて見ました

小船はまるでおもちゃのようで、
大きな漁船さえもふらふらと流され、
既に半壊した家が流れ、家と家がぶつかり、
真っ黒な津波が真っ白なしぶきをあげていました

ひたすらに非難警告を発し続けるNHK。
どこのチャンネルでも避難警告以外出ていませんでした。

幸い、ここは陸地続きの真ん中にあるので津波の被害はありませんでしたが、
立て続けに起きる余震は翌日の8時頃まで続き、
地震速報がおかしくなったという話もあり、
眠るなんてことは考えられるわけもない状態が続きました

おばさんとも弟とも数時間後に連絡がとれ、安堵しましたが、
東北地方の友達とは誰とも連絡がついておらず、
嫌な気持ちのまま時間だけがすぎていきました

そして山火事としか思えない悲惨な火災が発生
場所は気仙沼
勿論他のところでも起こっていましたが、
この場所は壊滅的といわれました

真っ暗な夜めらめらと燃え上がる炎
これが計画的な何かのイベントでなく天災によるものなどと
誰が思えたでしょう

何kmにも及んだ火災で町が完全に燃えてしまったようでした
あの光景は忘れることができないと思います
そして次々と嫌なニュースが飛び込んできます

地震と大規模な津波による行方不明者、死者のこと
福島の原発が深刻な状況になっていること
火災は尚も勢いを増し続けいつまでも燃え続けそうなこと
ライフラインが止まり、
寒いこの時期を暖なしで過ごさないといけないということ

夜になると少しずつ友達とメールがやりとりできるようになり、
東北の友達と連絡がとれました
念のためと思って送った北海道の友達も大丈夫

けれど一日はめちゃくちゃでした
話をしていても、メールを打っていても、電話をしていても、
どんやななこにエサをあげていても、ご飯を食べていても、
絶えず余震があり、完全に敏感になってしまった所為で、
ちょっとしたゆれでもあの揺れがフラッシュバックみたいになって
めちゃくちゃ怖い

どんも1発目の地震からというもの
(これを書いているときは7日が経っていますが)
ニュースの緊急地震速報の音を聞くと吠えまくります
皆が机の下に隠れると走ってきて自分も机の下に入ります
恐怖しているのは人間だけではないのかもしれません

眠ることが出来ず、私は朝の8時半までおきていました
1階で流れ続ける地震のニュースを見続けて、
その間にも発令される地震速報(機械故障で誤報もあり)に
振り回され、何度も何度も机の下に隠れました
結局そんな大きなものは襲ってこなかったんですけどね

日が昇るということがとても嬉しかった
5時半くらいでしょうか、少しずつ明るくなって、
朝一から救出活動が更にハイペースで行われると聞いて、
今日一日が晴れてどうか平和におわりますようにと思いました

日が昇って、朝日が入ってくるようになって、
緊張し続けていた体から少し力が抜けたのか、
朝の7時ごろになってやっとあくびがでました

でももし大きな地震があった時困ると思い、
家族がおきてくるまで待ってようと8時半までがんばりました
といってもがんばったなんて気持ちはしませんでした
眠れないからおきてただけ

朝の音が始まってから眠気が来て、部屋に引き上げました
私が寝て起きたら夢ならどんなによかったかと思います
でも現実でした

お昼前に起きてニュースを見ても、
変わらず救出活動が行われていて、
町も流され、燃え、消えていました
この時点ではM8.8。
過去の地震のワースト5あたりになると言っていましたが、
後日訂正され結局M9.0
日本で聞いたことのない数字です

そしてこの日から福島原発の状態が深刻化していきます
爆発、火災、放射線漏れ。
勿論被災地の人の救出も一刻が争われ、
自衛隊や消防、警察総出で捜索中だといっていました

いろんなことがゆっくりゆっくり悪くなっていく気がしました
遠いどこか知らない国で起きているようなことに思えました
どうしてそれが日本で起きているのかまだ頭が拒否していました

地震の被害よりも津波の被害が大きすぎたといいます
10m越える津波に襲われ、ビルの4Fまで波が来たらしい
信じられますか?
ビルの4Fまで逃げても飲まれてしまう規模なんて

なくなった方、未だ行方不明の方、
避難所にいる方
誰の方が不幸とかそんなことはありません
皆同じです

がんばらなければいけませんよね
戦後における最大の被害が出たといわれる地震でした
今のおばあちゃん、おじいちゃん世代が
頑張ってくれたのですから今度はわたしたちの番じゃないでしょうか

復興には時間がかかると思います
被害は少ないとはいえ、
あらゆる面で関西四国九州にも被害があります
東北は甚大なものですし、それは私の想像を絶していると思います

そんなとんでもないものを復興させるんですから、
何が必要って人が必要に決まってます
ひとりの力で出来るわけありません
中には非協力的な人もいるでしょう
関係ないやと思うひともいるかもしれません

関係あると思って行動するひとは、
非協力的なひとや関係ないと思う人の5倍の力が期待できるはずです

節電だって1ワット節電するのを1万人がしたら1万ワットです
1円募金を1万人したら1万円になります
そういうことなんだよねきっと

1万円も9999円も変わらないやじゃない
それは絶対的な差でその1円で救える命があるかもっていうのは、
普段の生活でも知ってるはず

今やらないでいつやるんだ!
チャンスがあるんだからやらなくちゃ

でも詐欺や悪質チェンメには注意…ああいうことするのは最低よね
海外の国、140カ国以上が支援申し出をしてくれて、
29の国際機関がバックアップしてくれています
日本がこういう国になれたのは戦後がんばった人たちのおかげです
これだけの評価をもらえる国なったから、助けてもらえてる

頑張ろう




忘れないよう、日付を2011/03/11 14:26:00にしておきます
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