もち苺枕草子





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ゲーム音楽 :: 2012/07/10(Tue)

ゲームが大好きな友達が、ゲームは総合芸術だ!と言ってたことがありました。
あとになって本を読んでみれば色んなところで書かれてることでしたがw

当時、私はそんなのは間違ってる!派でしたが、
彼はゲームっていうのは「シナリオ(文学的要素)」+「美術(グラフィック)」+「音楽」、その上にプログラムという近代要素が加わるから、普通のいわゆる芸術の一歩先を行くものだ!!
と熱弁をふるってくれました。

その点については今も私は断固違うと言い張ってしまいます。
(でもゲームも楽しいし、とても好きなのでゲームを悪く言うつもりはないです。)
そもそも専用の媒体がないと表現できないっていうのは芸術にならないと私も考えるので、
ゲーム機がないと動かない、プログラムがないと動かないものは敷居が高いし、
芸術っていうのは本来は貧乏から大富豪までが平等に享受できる愛だと思います。

石があれば砂に絵を描いて、葉があれば笛になって、
口があれば物語を作って、身体さえあれば舞踊ができる

だから、美術、音楽、文学、舞台は芸術だと今は信じています。

その中でも一番だと思ってしまうのが音楽です。
音楽ほど一瞬で人の心を取り込むものは他にないと思います。

それはクラシックもそうだし、j-POPもいいものっていうのは多くあると思います。
ただその絶対数が多いのはクラシックな気がするんだけど・・・。

勿論ゲーム音楽にも血沸き肉躍る音楽が沢山ありますよね。
ちょっとやそっと好き、ではなくて、
ゲーム独特の「戦う!」っていう(安全を確保された危険の)早鐘に似た気持ちになったり、
冒険っていう童心に返ったような躍動感?ワクワク感?
これはクラシックではでないんじゃないかな、と思うんです。

しかもRPGとかの音楽で、あんなにドキドキするのはなんなんだろうww
冒険ていう非日常に憧れる私自身が、ひいきしてるのもあると思いますが、
ドラゴンクエストマーチなんてオーケストラにもなってますが、
あれってゲームがなかったら生まれてこなかった曲だと思います。



最初の数秒で引き込まれる・・・。
音楽の力ってこういうことじゃないでしょうか。


あと、ここからは趣味ですが、、
大好きなのが星のカービィーのグリーングリーンズとFF7の更に戦う者達。





音楽でテンションをあげるって良くいうけど、
音っていうのはそれだけすっごい力を持ってるんでしょうね。
すごい世界に生まれてきたもんんだなーなんて。


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□とくとく :: 2012/07/05(Thu)

怖いことに、父が亡くなってもう2ヶ月以上経ってしまいました。
その間、私は何度も泣いたし、何度も笑って、生きてきました。

少しまえに、東北大震災で家族8人か9人かを一気に失った中学生のことをTVでやってました。
その子は親戚に引き取られて優しい暮らしをしていました。
でも「この暮らしに慣れていっている、平気になる自分がいやだ」といっていました。

そんなことないのに。
慣れて、そうしてていいのにとその時は思いました。
でも気持ちも痛いほどわかるし、当人はそんな単純には考えられないのもわかります。

でも若いからこそ沢山の刺激に囲まれて、
その刺激と触れ合う時間に悲しいことを忘れて、楽しいと思って、
でも時々それを思い出して呼吸ができないくらい苦しくなって、悲しくなって、
でもそれも時間がたてば涙もひいて、
次の日朝から調子がでないなと思っても、ちょっとしたことで元気がでたりしながら。

でも歳をとったらそうはいかないんでしょうね。
だからこの子が唯一救われたのは若かったことだと、思います。



でね


それでね


お父さんの話です。

人は死ぬと今まで知られなかったことまでどんどん知られていくみたいで、
一回も使ってるとこを見たことないようなものがひょっこりでてきて、
これなんだろうとあれやこれや考えて、
もう絶対に増えない父が使ったものたちを少しずつ分けていくと、
知らない父がいろんなところから出てくるんです。

こんなの父らしくない、とか。
この色合いはちょっとどうなの、とか。
こんなのとっといてどうするつもりだったんだろ、とか。

特に私がショックだったのが通帳でした。
生々しい話ですが、病気になってからは仕事もできない状態でしたが、
全盛期に年収が3000万超えている年がありました。
でもそれを実家で困っている兄に送り、
母に送り、勿論自分も使っていたけれど私や弟の学費としていてくれたり、
そういうことを全然言わないで、こっそりやってたみたいです。

世界中飛び回った写真も、本当に大量にでてきて、
ロシアで地元の子と抱き合って笑ってたり、スペインで大きすぎるパンみたいなの咥えてたり、
フランスでジャズに混ざってたと思えば、アメリカでひとりで日焼けしてたり(撮ってるの誰だよ!w)、
ブラジルでどこの民族とも分からない人と裸になってたり、
日本で私のことをだっこしてくれていたり。


本当行き場がまだありません。
どうやってこれと付き合っていったらいいのか見つかりません。

でも私も、父の死を迎える年としては若かったんでしょう
友達と話して笑ったり、無理やりにでも遊べば気がまぎれて、
朝日が昇ってくれば何か生きている気がする。


死んでから父が偉大だったことが分かりました。
年収3000万稼いだなんて自慢気に話したっていいのに、一回だってそんなこといいませんでした。
苦しくて悶えそうだったのに私の前で強い父で居続けて、
それが父のプライドだったのかメッセージだったのかはわかりませんが、
苦しい癌との闘病で一度も弱音を吐かないというのは。
一度も何もいわないというのは。
退院して嬉しかったのに、迷惑をかけるからと病院に戻ろうとしたのは。


父に恥じないように生きたい。
それが今の私の生きる理由です。

両親がいないひとは沢山いるし、
皆きっと理解できないくらい辛い思いをそれぞれしてる。
私はそれを理解できないし、誰にも分かってほしいとも思わない。

こうして文章にすることで整理していくだけ。

父はきっとこういうこともグチグチ言わないんだろうと思う。
私が死んだとしてもうじうじいい続けたりはしないんだろうと思う。


□つきタイトルも次が最後。
それ以降、自分からぐちぐちいわない。
母はずっとずっと囚われて言い続けるだろうけど、自分からはいわない。

溜め込むのはよくないというけど、
それでダメになったらそれまでだってことで。




私があまりにも面倒くさがりなのを見て母が
「お父さんの子なのになんでそんなに面倒くさがるのかしら」
といった。
「お母さんの子でもあるからだよ」
お母さんがやっと笑った。


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